ハハコグサ
キク目 キク科
畑地や道端に生える1~2年草で、高さは15~40cmになります。 日本の北海道~沖縄と、朝鮮半島、中国、台湾、東南アジア、南アジア、オーストラリアに分布しますが、古い時代に麦作とともに日本に渡来した史前帰化植物といわれています。 春の七草のひとつで御形(ゴギョウ、オギョウ)と呼ばれ、花は4月~6月に咲きます。 平安時代には餅につきこんで草餅として食べられていましたが、鎌倉時代からはヨモギの草餅の方が好まれるようになりました。 ハハコグサで草餅をつくると、薄緑色のきれいな草餅ができます。 「春の七草」は地方によって種類が違っているようですが、現在いわれている七草は室町時代に書かれた「河海抄(源氏物語の注釈書)」という書物に、「芹、なずな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七草」とでています。 平安時代に作られた歴史書「文徳天皇実録」に、「野に草あり、俗母子草と名く。」と書かれており、同じ平安時代の「本草和名」という書物には「波々古久佐」という名が見られます。
また、江戸時代の「本草綱目啓蒙」という書物には「ハゝコグサ 母子草ト書 文徳実録に見えたり。古き和名ナリ。今ハホーコグサト云 オギヤウ御形ト書ス。」と書かれています。 ハハコグサの名前の由来については、新芽が這うことから「這う子草」がなまってハハコグサと呼ばれるようになったという説、葉や茎が白い綿毛をかぶっている様子が母親が子を包みこむように見えたことから母子草(ハハコグサ)の名がついたという説、葉を餅に入れて食べたので「葉っこ草」が転じてハハコグサになったという説、綿毛に覆われている様子が「ほうけた」ような状態に見えるところから「ホウコグサ」と呼ばれこれが転じたという説があります。 昔は、3月初めの巳の日に穢れのない白い紙や布で人形(ひとがた)を作り、身のけがれや災いを人形に移して川や海に流して子供の成長を祈る風習(流し雛の起源)があり、白い綿毛で覆われたこの植物を人形(御形)の代用としたことから、ゴギョウ又はオギョウと呼ばれるようになったといわれています。 また、この人形(御形)に母子の人形が用いられた事から母子草(ハハコグサ)になったという説もあります。 (写真)2016.4.29 多可町加美区